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東京地方裁判所 昭和58年(刑わ)2117号 判決

主文

被告人を懲役二年一〇月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、金融業を営む第一信用商事株式会社新宿支店の支店長として、現金の貸付、保管等の業務に従事していたものであるが、支店における貸付限度額は顧客一名につき三〇万円以下と内規により定められており、その貸付手続は、新規、増額を問わず、融資申込人に対し所定の受付票に申込金額、申込人の本籍、住所、職業、氏名、勤務先等必要事項を記入させ、これに基いてJ・D・Bと称する同業者間の情報センター機関に照会して当該申込人の他の同業者からの借入状況、事故の有無等の信用状態を調査した後、貸付適格者に対しては所定の貸付申込書に必要事項を記入させ、社会保険証、身分証明書等により勤務先に照会するなどして本人であることを確認したうえ、借用書を差入れさせて貸付をするという一連の手順、方式を履践すべきものとされ、また、融資申込額が前記支店貸付限度額を超えるものについては本店扱いとし、融資申込を受けた支店から本店に連絡し、本店において禀議を経たうえ本店から申込人に直接融資する手続が定められていたのに、昭和五五年八月中旬ころ、鷲見榮志から一〇〇万円の融資申込を受けるや、同人が既に同社日本橋支店から限度額を超える貸付を受けている身であって、その信用や資力関係からも右正規の手続によっては貸付をすることができないことを知悉していたことから、同月二五日ころ、東京都新宿区《番地省略》の右新宿支店において、前記貸付に関する正規の手順、方式を履践することなく、同人に架空人名義の借用書を差入れさせたのみで、同会社のため業務上預り保管中の現金一〇〇万円を自己の支店長としての権限外で同人に貸与するため着服したのを手初めに、昭和五六年五月二八日ころまでの間に、別紙一覧表記載のとおり、右を含めて前後八九回にわたり、いずれも前同所において、前同様の方法により、その権限に基くことなくほしいままに同会社のため業務上預り保管中の現金合計五、一八〇万円を同人に貸与するため着服して横領したものである。

(証拠の標目)《省略》

(補足説明)

弁護人は、被告人の本件所為は、支店長としての権限の範囲内においてその権限を濫用したものに過ぎないから背任罪を構成するは格別、業務上横領罪は成立するに由なく、被告人は無罪である旨主張し、被告人も当公判廷において右主張にそう供述をしているが、前掲関係証拠によれば、判示のとおり、融資金が三〇万円を超える場合には、本店の禀議を経るべきものと定められ、本店においては、顧問弁護士とも相談し、貸付適格者に対しては担保差入れを求めるなど貸付元利金に対する保全措置を講じたうえ融資を決定していたことが認められるのに、被告人はこれらの会社で定められた貸付に関する正規の手続を履践することなく、鷲見榮志のタクシー運転手という職業柄の信用、資力等の関係や同人の融資申込の際の言動等から、多額の貸付をした場合の貸付元利金の回収不能に陥る事態を、昭和五五年八月の貸付当初においては少くとも未必的に、同年一二月ころからは確定的に認識していたにもかかわらず、架空名義によって貸付の体裁をとったうえ、会社のため保管中の支店の融資限度額を超える多額の現金を自己の所持金のごとくに同人に貸与していた事実は明らかであり、かかる被告人の本件所為は、専ら利益追求を目的とする金融業を営む会社のためにその計算において支店の業務としてなされたものとは到底認められず、被告人が同人に架空名義の借用書を差入れさせて同人を連帯保証人とし、会社の貸付元帳にも右架空人名義で記帳をし、受入れ利息金は右帳簿に記帳していたことは一応認められるものの、これは被告人が本件犯行の本店に発覚することを虞れ、同人に利息だけは入れるよう慫慂したためとられた措置であり、犯行発覚防止工作とも認めうるものであって、右の一事をもってしては未だ会社の計算による貸付行為とは認め難く、被告人が保管中の会社の現金を同人に貸与するため不法に領得したとの判示認定を毫も左右するものではないといわねばならない。

してみると、被告人が本件業務上横領の刑責を負うべきことはもとよりであって、弁護人の前記主張は理由がないことに帰する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して刑法二五三条に該当するので、本件犯行の態様、就中犯行回数、被害金額の程度、本件犯行が被害会社の経営に与えた深刻な影響、被害感情、被告人に前科前歴がなく、本件につき真摯に反省していること、被告人は鷲見榮志から十数回にわたり遊興飲食の接待を受けたほかは本件犯行により直接の経済的利益を何ら取得していないこと、その他弁償関係、被告人の家族の状態、実質的に共犯者と目さるべき鷲見の未処分状況等有利不前一切の諸事情を十分勘案したうえ、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年一〇月に処し、同法二一条により未決勾留日数中六〇日を右刑に算入することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐野精孝)

〈以下省略〉

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